大判例

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福岡高等裁判所 昭和59年(ネ)431号 判決 1985年8月14日

控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 元村和安

被控訴人 株式会社西日本新聞社

右代表者代表取締役 青木秀

右訴訟代理人弁護士 水崎嘉人

同 中島繁樹

同 林正孝

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、被控訴人発行の西日本新聞に縦・横各四ミリの活字を使用して原判決添付別紙(一)記載の謝罪広告を掲載せよ。被控訴人は控訴人に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年二月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに二、三項につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張並びに証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

1  原判決二枚目裏九行目の「一項」を「1項」に改め、同行目の「とおり」の次に「の」を、同五枚目表一〇行目の「信じた」の次に「のであって、右信じた」をそれぞれ挿入し、同五枚目裏一一行目の「複数の幹部を含めた」を「幹部を含めた複数の」とそれぞれ改める。

2  原判決四枚目裏二行目の次に改行のうえ、「このことは、本件記事に関心を寄せる読者の大部分が医師であるから、これら読者は、被疑事実が常習とばくか単純とばくかということに殊更関心を寄せるものとは思われず、したがって、右被疑事実の相違によって、控訴人の名誉毀損の程度に差が生じるとは考えられないからである。」を、同六枚目表六行目の次に、「3 仮に右主張が認められず、控訴人に何らかの損害が発生していたとしても、被控訴人は、昭和五七年四月一九日発行の西日本新聞夕刊一〇版紙上に『単純とばく容疑で書類送検』との見出しのもとに、地中海クラブを舞台にしたとばく事件を捜査している博多署は、控訴人に対し、単純とばく容疑の逮捕状(既報の常習とばく容疑は誤りにつき訂正)を用意、任意出頭を求め取調べたが、このほど同容疑で身柄不拘束のまま福岡地検に書類送検した、旨の訂正記事を掲載したので、これによって右損害は補填されているというべきである。」をそれぞれ挿入する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は棄却せらるべきものと考えるが、その理由は次のとおり付加、訂正するほか原判決理由説示のとおりであるからこれを引用する。

一  被告が「西日本新聞」という名称の新聞を発行していること、被告が昭和五七年二月五日付の西日本新聞に本件記事を掲載したことは、当事者間に争いがない。

そして、本件記事は、原告に対する犯罪容疑に関するものであるから、原告の名誉・信用を害すべき性質のものであることが明らかである。

二  不法行為の成否について

1  民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利益に関する事実に係り、且つ、専ら公益を図る目的に出たものである場合、摘示された事実が真実であると証明されたときは、右行為には違法性がなく、また、その事実の真実であることが証明されなくても、当該行為者においてその事実が真実であると信じたことにつき相当の理由があると認められるときは、右行為には故意もしくは過失がなく、不法行為は成立しないものと解すべきである(最高裁判所昭和四一年六月二三日第一小法廷判決、民集二〇巻五号一一一八頁)。

2  本件記事は、原告の犯罪容疑に関するものであり、それが公共の利害に関する事柄であることは、右記事自体から明らかであるところ、右記事の内容と《証拠省略》によれば、本件記事の報道目的は、社会的地位のある人々を対象にした高級会員制クラブにおける新手のとばく行為の反社会性を追及するとともに、社会的地位及び名誉を有する医師がそれに関与したということから医師のモラルを問うことにあったことが認められ、右によれば、本件記事は、専ら公益を図る目的で掲載されたことは明らかである。

3  そこで、以下本件記事につき、右真実の証明があるか否かについて判断する。

《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は昭和五六年一二月二六日会費三万円を支払い、福岡市中洲の会員制クラブ「地中海クラブ」の会員となり、昭和五七年一月二日に再度同クラブに行き、将来も同クラブを利用しようと考えていた。

(二)  同クラブにおいてルーレットとばくが行なわれているということで、福岡県博多警察署は、昭和五七年一月一四日に同クラブの捜索を行ない、同クラブの従業員三名と客二人を常習とばくの現行犯として逮捕し、翌一五日同クラブ経営者乙山春夫をとばく開帳図利の容疑で逮捕した。

(三)  博多警察署の捜査により、原告が同クラブの会員になっていたことが判明し、原告は同年二月三日博多警察署において取調を受けたが、ルーレットとばくについて全面的に否認した。そこで、博多警察署は、原告の逮捕状を請求し、同月五日に福岡簡易裁判所裁判官渡辺忠雄は、原告に対する罪名とばくの逮捕状を発付した。その被疑事実の要旨は、「被疑者は、昭和五七年一月二日午後九時〇〇分ごろから午後一〇時三〇分ごろまでの間、福岡市《番地省略》、新川丈ビル七階、地中海クラブ経営者乙山春夫方において、同クラブ内に設置された「ルーレット」と称する遊技機を使用して、ディラー丙川夏夫(二六歳)など六名の賭客として丁原秋夫の賭客と共に金銭の代用物である張札(チップ)を賭けて「ルーレット」と称する賭博をなしたものである。」というものであった。

(四)  右逮捕状は、原告が同月六日博多警察署の任意出頭に応じたため執行されなかったが、同日の取調において原告は被疑事実を自白した。博多警察署は同月一〇日に原告をとばく罪で福岡地方検察庁に書類送検した。

なお、原告には、同年一月三日午前零時すぎに同クラブにおいてバカラと称するトランプによるとばくを行なったという容疑もあり、同年二月六日の取調の際には、右の点についても追及を受けていた。

(五)  福岡地方検察庁は、同年二月一七日乙山春夫らを処分保留のまま釈放したが、翌年三月二四日右乙山春夫、同クラブの従業員、とばく客ら一七人全員を起訴猶予処分にした。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

原告は、本件記事のうち、原告が同クラブにおけるルーレットとばくの常連客であったとの点及び逮捕状の罪名が常習とばくであったとの点に誤りがあったと主張するので、以下判断する。

ところで掲載摘示された記事の真実性の証明については、報道の迅速性の要求と客観的真実の把握の困難性等から考えて、記事に掲載された事実のすべてにつき、細大もらさずその真実であることまでの証明を要するものではなく、その主要な部分において、これが真実であることの証明がなされれば足りるものと解するのが相当である。

そして、右主要な部分かどうかの判断は、一般読者の普通の注意と読み方とを基準としてなされるべきであると解するのが相当である(したがって、この点につき、被控訴人の本件記事に関心を寄せる読者の大部分が医者であるから本件被疑事実の内容の相違はさ程問題ではない旨の主張は、西日本新聞が福岡県在住の一般市民を対象として発行されている日刊新聞であることからすれば、採用できない。)。

本件についてこれをみるに、まず本件記事中原告が「地中海クラブ」におけるルーレットとばくの常連客であったという点は、前認定のとおり原告は昭和五六年一二月二六日「地中海クラブ」に行ってその会員となり、翌昭和五七年一月二日再度同クラブに赴いており、このように短期間に二度も同クラブに出入りしたことは原告が継続的に同クラブを利用する意思があることを十分に推認させるうえ、原告は捜査官の取調の際にルーレットとばくへの関与を自白している(前記のとおり原告を含め被疑者すべてが起訴猶予処分に終っているけれども、これは検察庁の公判維持の可否等を鑑みての判断であって、原告らの潔白が証明されたわけではない)のであるから、その大筋においてほぼ間違いのない事実といって差支えない。すなわち、右の点については真実の証明があると認められる。従って、原告本人の供述中「地中海クラブ」におけるとばくの常連客であったことはないし、ルーレットとばくなどはやっていないとの部分は採用し難く、また同供述中前記(四)の自白は取調に当たった警察官の強制によるものであるとの部分も、原告は福岡地方検察庁において自白し(《証拠省略》により認められる。)、かつ同検察庁における取調に強制がなかったことは原告も自認するところであるから、同様採用することができない。

つぎに、逮捕状の罪名が常習とばくであったという点についてであるが、右記事が誤りであったことは当事者間に争いのないところ、通常の読者が、新聞報道によっていかなる印象を受けるかは、その見出し、記載内容、活字の大きさ、記事の配置等記事全体を総合して判断すべきであるが、実際に当該記事の内容を理解するにあたっては、記事の大きさや見出しの記事によって強く印象づけられ、この印象に大きく影響されるのが通例であることは経験上明らかである。

そこで、これを本件についてみるに、《証拠省略》によれば、本件記事は、前記西日本新聞一四面の右側約三分の一辺りの七、八段目に掲載されたもので、七段目には二行にわたり前記別紙(二)記載の『佐賀の産婦人科医に逮捕状』その左に縦・横各二ミリの活字で『ルーレットとばく』との各見出しと『福岡市博多区中洲の会員制クラブ』までの、八段目に二二行にわたりその余の各記事が掲載されていることが認められ、右事実によれば、右記事を読んだ一般読者が、控訴人においてとばくの常習性を有しているとまで印象づけられたとは断じ難く、これに前記認定の本件記事の報道目的を勘案すれば、罪名が単純とばくであるか常習とばくであるかは右記事の眼目ではなく、医師である控訴人が『地中海クラブ』においてルーレットとばくを行った容疑で逮捕状が発付されたという事実が本件記事の主要部分であると解するのが相当であり、そうとすれば、この点については、右記事と客観的事実との間には何ら齟齬はないから、右の点についても真実の証明があったというべきである。

4  してみれば、被告の抗弁1は理由があり、本件記事の掲載が原告に対する不法行為であるとの原告の主張は理由がない。

三  よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡德壽 裁判官 鍋山健 最上侃二)

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